タイ語の発音1 発音に始まり、発音に終わる
blog No.002 投稿日:2020.05.03/追加:2020.05.24
この記事の内容
タイ語を身に着けるには、何はさておき発音が大切です。日本語には全くない発音がいろいろあります。タイ語にとって発音がどれだけ大切か、見ていきます。
・「トムヤムクン」が通じない
・日本語ネイティブが難しい発音(1) 声調
・日本語ネイティブが難しい発音(2) 母音
・日本語ネイティブが難しい発音(3) 有気音と無気音
・日本語ネイティブが難しい発音(4) 末子音
・発音の理解と習得
・どうして発音がこんなに難しいのか?
・今日のことわざ
※以下の文中にはタイ文字が使われていますが、読めなくても全く問題なく理解できます。
タイ語の発音1 発音に始まり、発音に終わる
「トムヤムクン」が通じない
タイ料理といえばだれもが思い浮かべる料理――トムヤムクン。辛さと酸っぱさ、海老から出るうま味、そして、しょうがやレモングラスなどハーブのさわやかな香味が、鍋の中で一体化したスープは、タイへ行ったらぜひ味わいたいですね。店ごとに味は違いますので、好みの一品を探し出すのも楽しそうです。
ところが食堂に入って「トムヤムクン」とカタカナ読みで注文しても(日本人に慣れている店以外、メニューを指差して注文しないと)通じません。私も通じなかった経験があります。
それは、タイ語と日本語とでは、発音のしくみが非常に異なっているからです。日本語にはなくて、タイ語では重要なウェートを占める発音、言い換えれば、日本語ネイティブの人にとって、理解も習得も難しいと私が思う発音は、次の4点だと考えています。
日本語ネイティブが難しい発音(1) 声調
声調とは、発音の高低ないしは音程のことです。馴染みのあるところでは、中国語も声調がありますし、ビルマ語・ベトナム語なども声調があります。タイ語は全ての音節(子音+母音、または子音+母音+子音)に、5種類の声調があります。これを間違えると別の単語になることもあります。
例を挙げてみましょう。
ใกล้ [klâi/クライ] 「近い」…高い音程から急激に低く下げるように発音します。
ไกล [klai/クライ] 「遠い」…通常の地声の音程で、平らに発音します。
このように声調が違うだけで、正反対の意味のことば「近い」「遠い」を区別しています。
※[ ] 内は、一般的に使われている発音記号です。カタカナは発音の近似値を示しているにすぎないことが、もうお分かりだと思います。タイ文字の上についている ่ ้ (声調符号、他にもあって話は複雑ですので、後日説明します)、[ ]内の発音記号についている ̀ ̂ ́ ̆ が声調を表しています。
日本語ネイティブが難しい発音(2) 母音
日本語の基本母音は、アイウエオの5つです。タイ語は基本母音だけで9個もあります。つまり、日本語にはない母音が4個あるのです。さらに短い母音と長い母音、アとアーなどは別の音として区別されます。
例えば、「ウ」は2種類あります。 [ʉʔ / ʉʉ] は日本語の「ウ」とほぼ同じですが、[uʔ / uu] は唇を突き出して言う「ウ」です。([ ] 内の左側は短母音、右側は長母音を表す書き方です。)
ถึง [tʉ̆ŋ/トゥン] 「到着する」
ถุง [tŭŋ/トゥン] 「袋」
と、カタカナでは区別できませんが、全く別の単語になります。
日本語ネイティブが難しい発音(3) 有気音と無気音
[k](カ行)、 [c](チャ行)、 [t](タ行)、 [p](パ行)の4つの子音について、発音時に息を出す音(有気音)と出さない音(無気音)を区別します。中国語や朝鮮・韓国語にもあります。
例えば、
ไข่ [khài/カイ](有気音)「卵」
ไก่ [kài/カイ](無気音)「鶏」
は、有気音と無気音の違いだけで、全く別の単語になりました。
日本語ネイティブが難しい発音(4) 末子音
末子音(まつしいん)というのは、音節の最後の子音のことです(末子音がない語もあります)。日本語では――ン以外にないので難しいです。英語の末子音、例えば book の最後の k は聞こえにくいですが発音しますが、タイ語は [k] の音を「聞こえないように」発音します。 [k] 以外にも、 [t] [p] の合わせて3つの末子音を、同様に「聞こえないように」発音します。
さらに、日本語だと全部「ン」としてしまう、 [n] [ŋ] [m] も区別します。これも、中国語(広東語など)や朝鮮・韓国語などと共通する特徴です。
最初から完璧をめざさない。でも発音の「理解」は大切
以上、日本語ネイティブにとって難しい発音4つのポイントを駆け足で見てきました。こんなに難しいのか、と思われるかもしれませんが、どうせなら正しい発音を学習してほしいと思います。間違って覚えた発音、カタカナ発音を修正するのは骨が折れるからです。
しかしながら、最初から完璧な発音をめざすのはたいへんですし、ハードルが高くなりすぎです。モチベーションが続きませんよね。いくつかの単語を覚えて使い、うまく通じなかったらもう一度勉強しなおす。こんなサイクルを繰り返しながら、だんだん上達していけばよいのです。私もそうやって、通じなくて悔しい思いをして、ようやくタイ語らしい発音が身についてきた気がします。
ただ、ネイティブならば乳幼児期に生の発音を大量に聞くことで自然に身に着くのですが、外国人が大人になって学ぶときは、正しい発音に関する知識と理解があるのかないのか、大きな分かれ目になると思います。これ以後のブログでも、微に入り細を穿つような指摘をしますが、今すぐ身につけるべきだと言っているわけではありません。私なりの理解と経験を踏まえた説明です。ぜひ、今後の上達の基礎となるように、タイ語の発音について理解を深めてください。
どうして発音がこんなに難しいのか?
タイ語は単音節言語
世界の言語の中で、タイ語は典型的な「単音節言語」に分類されます。音節とは、子音と母音の組み合わせからなる一連の音という意味ですが、タイ語の単語は1音節だということです。(外来語の吸収等で、現在は2音節以上の単語もあります。)
例えば、冒頭に紹介した「トムヤムクン」の、「クン」กุ้ง [kûŋ] は「海老」という意味の名詞ですが、子音k、母音u、子音ŋ(ng)からなる1音節の単語です。同様に、ไข่ [khài/カイ]「卵」も、子音kh、母音ai(母音が2つ重なるので二重母音と言います。あるいは最後のiを子音とする説もあります。)からなる1音節の単語です。
これに対して日本語の単語は、1音節のものは少なく(目、手、歯など)、多くは2音節以上です。例えば「えび」は e-bi の2音節、「たまご」は ta-ma-go の3音節からなる単語です。(日本語は多くの場合、かな1文字が1音節に相当します。)
さて単音節言語では、多くの物や事象を1音節で表現するわけですから、当然いろいろ工夫を凝らして区別しないといけません。そこで、声の高低を変えてみたり、複雑な子音や母音のしくみをつくっていったのでは、と想像されています。例えば、kai という基本的な音節に、様々なバリエーションをつけることで、次のように多くの別単語をつくるのです。
ไก [kai]「銃の引き金」 ไก่ [kài]「鶏」 ไข [khăi]「脂肪」 ไข่ [khài]「卵」 ไข้ [khâi]「熱病」
単音節言語は発音重視
このように、タイ語では発音の微妙な違いによって、単語を区別しているわけですから、正確な発音がいかに大切かお分かりだと思います。ここで注意すべきは、タイ語ネイティブの人にとっては「微妙な」違いではなく、はっきり区別される「違い」であるということです。日本語ネイティブにとって、ไข่ [khài](有気音)「卵」と ไก่ [kài](無気音)「鶏」は、区別がつきにくい微妙な違いかもしれませんが、タイ語ネイティブには全く別の音に聞こえるわけです。
そのかわり、タイ語にはヨーロッパ諸語のような格変化や時制は一切ありません。日本語のように、単語に「てにをは」をつけて文の意味をつくることもありません。単音節の単語を並べる順番だけで、主語と目的語や文の意味が決定されます。この点では、ヨーロッパ諸語の学習に費やす苦労はありません。その分の労力を発音習得に注ぐことができます。
ちなみに、中国語も単音節言語(漢字1字が1音節にあたり、1つの意味のある単語になっています)ですので、タイ語同様に発音重視の言語になっています。
今日のことわざ
กบในกะลาครอบ
[kòp nai kàlaa khrɔ̂ɔp /コプ ナイ カラー クロープ]
日本語訳:かぶせた椰子殻の中の蛙
椰子の殻に閉じこもっていては狭い世界しかわかりません。まさに「井の中の蛙大海を知らず」という意味です。蛙が出てくるところは日本語と同じ発想ですが、椰子の殻というのはタイらしいですね。
[ 参考文献 ] 冨田竹二郎『タイ日辞典 改訂版』養徳社、1990年