タイ語の発音5 末子音のはなし
blog No.008 投稿日:2020.06.07
この記事の内容
日本語ネイティブにとって難しいタイ語の発音の第4回目、一応の最終回です。今回は、音節の最後にくっつく子音とその発音についてです。「ン」には [-ŋ][-n][-m] の3種類があって区別します。-k、 -t、 -p、-ʔ の子音で終わる発音にも気をつけましょう。
・3つの「ン」
・発音の構えだけで終わる [-k] [-t] [-p]
・声門閉鎖音 [ʔ]
・タイ語の音節と末子音
・過去の関連記事
・今日のことわざ
※以下の文中にはタイ文字が使われていますが、読めなくても全く問題なく理解できます。
タイ語の発音5 末子音のはなし
3つの「ン」
今日は「トムヤムクン」 ต้มยำกุ้ง [tôm yam kûŋ] の「クン」(海老)の最後の音「ン」について見ていきます。このように音節(子音と母音の組み合わせからなる一連の音)の最後の子音を「末子音」(または「終子音」)といいます。
末子音「ン」なんて簡単でないかと思う方もいるでしょうが、実は、タイ語の「ン」には [-ŋ][-n][-m]の3種類があって、厳密に区別します。
例えば、
คง [khoŋ]「おそらく、たぶん」、 คน [khon]「人」、 คม [khom]「刃」
ถาง [thăaŋ]「開墾する」、 ฐาน [thăan]「礎、地位」、 ถาม [thăam]「尋ねる」
ผง [phŏŋ]「粉末、塵」、 ผล [phŏn]「成長、成果」、 ผม [phŏm]「頭髪、私(男性一人称代名詞)」
まとめてみると、
1.[-ŋ] は舌先がどこにもつかない状態で「ン」と発音し、息を鼻に抜きます。
2.[-n] は舌先を上の歯の裏から歯茎あたりにつけて「ン」と発音します。
3.[-m] は唇をしっかり閉じて「ム」と発音します。
ややこしいと思われるかもしれませんが、日本語ネイティブも日常の中でこの3つを無意識のうちに使っています。例えば、同じ「エン」という発音でも、
「演歌」の「エン」は [eŋ]、「煙突」の「エン」は [en]、「鉛筆」の「エン」は [em](タイ語の[-m]は日本語より唇の近くで発音します)
と発音しています。その時の下の位置や唇の形を確認してみてください。
つまり、日本語では [-ŋ][-n][-m] によって意味を区別しないので、すべて「ン」と書いていますし、「演歌」の「エン」を [en] や [em] で発音しても、少し不自然に聞こえますが通じるはずです。ところがタイ語は、それぞれの単語ごとに [-ŋ][-n][-m] が決まっているので、意識して発音を区別する必要があるということです。
ちなみにこの区別は多くの言語にあって、英語や朝鮮・韓国語にもあります。北京語では [-m] は消滅しましたが、広東語など他の中国語では3種類残っていることが多いです。
ということで、「トムヤムクン」 ต้มยำกุ้ง [tôm yam kûŋ] の「クン」は [-ŋ] ですので、舌先をどこにもつけずに、息を鼻に抜く感じで発音します。幸い、[kûn][kûm] という単語は常用語にはないので、無気音と声調が正しければ通じるはずですが、どうせなら正しい発音を身に着けたいものです。他の単語の発音には必要だからです。それから、 [tôm yam] は両方とも [-m] で終わりますが、日本語ネイティブは [-mʉ/-ム] と発音しがちです。最後まで唇を閉じ、くれぐれも「ム」にならないようにしましょう。
発音の構えだけで終わる [-k] [-t] [-p]
タイのチャーハン「カーオパット」ข้าวผัด [khâao phàt] もおいしいですね。ところがこの ผัด [phàt] 「炒める」の末子音の発音 [-t] がまた難関になります。この発音は、舌先を上の歯の裏から歯茎あたりにつけて、子音 t(タ行)を発音する構えだけして、音を出す直前に息を止めて終わります。 [-k] [-p] も同じ要領で、それぞれ子音 k(カ行)と子音 p(パ行)の構えだけして音を出す直前に息を止めます。音を出さないのなら関係ないかというと、タイ語ネイティブにはそれぞれ別の音として聞こえていますので、おろそかにできません。もちろん別の単語として区別されます。
例えば、
นัก [nák]「~する人」 นัด [nát]「約束する」 นับ [náp]「数える」
ลาก [lâak] 「引っ張る」 ลาด [lâat]「なだらかな傾斜の」 ลาบ [lâap]「タイ料理のラープ」
日本語には全くない発音なので慣れるまで大変かもしれません。英語とも違います。英語では例えば、cut という単語の最後は、子音 t を(はっきりではないかもしれませんが)発音し、息も出ます。タイ語は構えだけで発音せず、息を止めます。そのためタイ語ネイティブが英語を発音すると、最後の子音をタイ語式に発音するので、cut は「カッ」、book は「ブッ」のように聞こえがちです。なお、朝鮮・韓国語、広東語などの中国語(北京語では消滅しました)にも同様の発音があります。
まとめると、
1.[-k] は、子音[k/カ行]の構え、つまり、舌先がどこにもつかず、のどを閉めた状態で息を止めて終わります。
2.[-t] は、子音[t/タ行]の構え、つまり、舌先を上の歯の裏から歯茎あたりにつけた状態で息を止めて終わります。
3.[-p] は、子音[p/パ行]の構え、つまり、唇をしっかり閉じて息を止めた状態で終わります。
一つ一つ丁寧に発音するようにしましょう。くれぐれも、英語のように破裂させたり、日本語のように[-tto/ト]と母音をつけることのないよう気をつけてください。正しい発音を心がければ、ネイティブの発音も自然と聞き取れるようになってきます。
ここで勘のよい方はお気づきになったかもしれません。先ほど説明した [-ŋ][-n][-m] と [-k][-t][-p] は対応しています。つまり、[-ŋ]と [-k]、[-n]と[-t]、[-m]と[-p]は、それぞれ同じ構えをし、「ン」と言えば前者、息を止めれば後者の発音になります。
声門閉鎖音 [ʔ]
タイ語の発音3 母音のはなしで紹介しましたが、例えば、[a]と[aa]のように、タイ語には短母音と長母音があります。そのうち短母音([-ai][-au]などを除く)の最後は、なんとなく終わるのではなく、「アッ」と突然終わります。このとき、のどの奥を絞るようにして息を止めます。とくにこの発音(子音の一つと考えられます)を「声門閉鎖音」といい、 [ʔ] で表します。つまり、一見母音で終わっている単語も、それが[-ai][-au]などを除く短母音ならば、末子音 [ʔ] で終わっていると考えます。このことは、後ほど説明するタイ文字表記と声調の関係を理解するうえでも重要ですので、頭の片隅に置いておいてください。
短母音+声門閉鎖音の例をあげると、
เกาะ [kɔ̀ʔ] 「島」 นะ [náʔ]「(懇願や強制を表す)~ね。~よ。」
いずれも「コッ」「ナッ」のように、最後はのどの奥を絞って息を止めます。人気の観光地「コサムイ」(サムイ島)เกาะสมุย [kɔ̀ʔ samŭi] も「コッ、サムイ」のようなイメージで発音します。(しかも、เกาะ [kɔ̀ʔ]は、無気音であり、母音[ɔ]が日本語になく、声調が低声という、日本語ネイティブには三重苦、四重苦の難しい発音です。)さらに厳密に言うと、本来は「サムイ」สมุย も[sàʔmŭi]と、「サ」の短母音の後に声門閉鎖音が介入し「サッムイ」のように言います。ただしこのような複音節語(2音節以上からなる単語)の場合は、他の単語と混同することがないので、語の途中の声門閉鎖音は省略するのが普通です。それでも人によっては、声門閉鎖音が聞こえる場合もあります。
なお、声門閉鎖音 [ʔ]は上述した末子音 [-k]と発音の要領がよく似ていますが、[-k] がのどの上の方を閉めるのに対して、 [ʔ] は咳払いや痰を切る時に使う、のどの奥を閉めるか絞る感じです。
付け加えると、子音 [ʔ] は一見母音で始まっている単語の先頭にも付きます。(この時の音を「声門破裂音」ということもあります。)例えば、
อ่าน [ʔàan]「読む」 อุ่น[ʔùn]「暖かい」
やはりのどの奥を絞っていったん息を止めた後、「ッアーン」「ッウン」というように破裂させて発音します。
タイ語の音節と末子音
音節区分(*) | 末子音 の有無 | 発音記号 | 発音の要領 |
---|---|---|---|
平音節 | 末子音なし | / | / |
末子音あり | [-ŋ] | 舌先がどこにもつかない状態で「ン」と発音し、息を鼻に抜く | |
[-n] | 舌先を上の歯の裏から歯茎あたりにつけて「ン」と発音する | ||
[-m] | 唇をしっかり閉じて「ム」と発音する。ただし日本語の [-mʉ/-ム]にならないように | ||
促音節 | 末子音あり | [-k] | 子音[k/カ行]の構え、つまり、舌先がどこにもつかず、のどを閉めた状態で息を止めて終わる |
[-t] | 子音[t/タ行]の構え、つまり、舌先を上の歯の裏から歯茎あたりにつけた状態で息を止めて終わる |
||
[-p] | 子音[p/パ行]の構え、つまり、唇をしっかり閉じた状態で息を止めて終わる | ||
[-ʔ] | 声門閉鎖音。短母音の最後に付く音。のどの奥を絞るようにして息を止め、「アッ」のように突然終わる |
*音節区分…通常は、末子音のないもの(母音で終わるもの)を「開音節」、末子音のあるもの(子音で終わるもの)を「閉音節」と区分します。しかしタイ語学では、表のような区分をします。つまり、
①開音節と [-ŋ][-n][-m]で終わる音節を คำเป็น [kham pen]「活言」
②それ以外の閉音節(突然音が終わる音節)を คำตาย [kham taai]「死言」
と言っています。ここでは、大学書林『基礎タイ語』に従って、
①を「平音節」、②を「促音節」
と表現しました。この区分は、タイ文字表記と関連していて重要になります。
※[-ŋ]と[-k]、[-n]と[-t]、[-m]と[-p]は対応関係にあって、それぞれ同じのどや舌の構えをし、「ン」と言えば前者、息を止めれば後者の発音になります。
これでひとまず、日本語ネイティブにとって最も難しい発音の説明は終わりました。繰り返しますが、最初から完璧を目指すのではなく、少しずつ上達すればよいのです。ただし、本当のタイ語の発音がどういうものか、いつも意識の中に位置づけることが肝要です。
過去の関連記事
・タイ語の発音1 発音に始まり、発音に終わる
・タイ語の発音2 声調のはなし
・タイ語の発音3 母音のはなし
・タイ語の発音4 有気音と無気音
今日のことわざ
หมากัดอย่ากัดตอบ
[măa kàt yàa kàt tɔ̀ɔp / マー カット ヤー カット トープ]
日本語訳:犬が咬みついても咬み返すな
タイでは犬 หมา [măa/マー] は下賤な動物とされていて、悪口によく使われます。例えば、ชาติหมา [châat măa/チャート マー](直訳すると「犬の生まれ」「犬みたいな奴」)は「悪人」「よこしまな奴」という悪口になります。犬好きには納得いかないかもしれませんが、暑い昼間には道路で無為に寝そべり、夕方になると群れを成して吠えかかってくるタイの野良犬を見ると、なるほどと思ってしまいます。狂犬病ウイルスを持つ犬もいるので、咬まれないよう十分注意してください。
このことわざの意味ですが、「犬みたいな下劣な奴に攻撃されても、相手になることはない」という意味です。こちらもなるほどと思ってしまいますね。
หมา [măa] を ม้า [máa] と声調を変えると「馬」になってしまいます。また、กัด [kàt]「動物が咬む」と、ตอบ [tɔ̀ɔp]「答える、し返す」は、今日勉強した末子音[-t][-p]の発音です。日本語の「カット」「トープ」にならないようにしましょう。
[ 参考文献 ] 冨田竹二郎『タイ日辞典 改訂版』養徳社、1990年;河部利夫『基礎タイ語』大学書林、1982年;岡滋訓『タイ語発音教室』星雲社