タイ文字講座 STEP10 読まない文字(まとめ編)
blog No.022 投稿日:2021.7.11
この記事の内容
複雑怪奇に見えて取っ付きにくいけど、どことなくユーモラス。このタイ文字の基本的な読み書きができるようになりましょう。タイ文字の習得はタイ語学習の大きな「ヤマ」です。
読まない字については、blog020でも、子音字のあとの ร 、引字の อ ・ ห を取り上げました。実は、これ以外にも読まない字が存在します。今回は、表記しても発音しない文字について、まとめて説明します。読まない字のスペルを覚えるのは厄介ですね。そこで、なぜ読まない文字を書くのかについても私見をまとめてみました。
・ –์ (黙音符号)をつける
・「熟語」になると –์ が消えて、読むようになることがある
・ –์ (黙音符号)をつけないが読まない字
・Suwannaphum か、Suwannabhumi か、はたまたSuvarnabhumi か
・なぜ読まない字を表記するのか
・過去の関連記事
・今日のことわざ
STEP10 読まない文字(まとめ編)
–์(黙音符号)をつける
(a) –์(黙音符号)を子音字の上につけて黙字化する
この符号を ทัณฑฆาต [than-thá-khâat / タンタカート]「黙音符号」、読まない文字を การันต์ [kaaran / カーラン])「黙字」といいます。(การันต์ [kaaran] は符号そのものを指すこともあります。)
(例)
・สัตว์ [sàt / サット]「動物」…ว は読まない字(黙字)となります。
・แพทย์ [phɛ̂ɛt / ペート]「医者」…ย が読まない字(黙字)となります。
・รถเมล์ [rót-mee / ロットメー]「バス」…ล が読まない字(黙字)となります。
รถ は「車」、เมล์ は英語の mail です。昔はバスで郵便も運んでいたのですね。
(b) –์(黙音符号)は2文字以上を同時に黙字化することがある
(例)
・คณิตศาสตร์ [khánítà-sàat / カニッタサート]「数学」…–์ がついた ร に加えて、その前の ต も読みません。
・กษัตริย์ [kàsàt / カサット]「国王」
(c) –์(黙音符号)はたいてい語尾につくが、外来語などでは語中につくこともある
(例)
・ฟิล์ม [fim / フィム] <film…ล์ は読みません。
・แฮมเบอร์เกอร์ [hɛɛmbəəkəə / ヘェームバーカー] <hamburger…2つある ร์ は読みません。
「熟語」になると –์ が消えて、読むようになることがある
他の単語が後ろにくっついて「熟語」をつくると、語尾の黙字が復活して読むようになることがあります。
(例)
・สัตว์ + แพทย์ → สัตวแพทย์ [sàt-tà-wá-phɛ̂ɛt / サッタワペェート]「獣医」
ว์ の –์ がとれて、[wá] と読むようになりました。なお、ต は再読文字となって [-t-tà-] と読みます。再読文字については、blog023で説明します。
・แพทย์ + ศาสตร์ 「~学」→ แพทยศาสตร์ [phɛ̂ɛt-thá-yá-sàat / ペェータヤサート]「医学」
ย์ の –์ がとれて、[yá] と読むようになりました。なお、ท は再読文字となって [-t-thá-] と読みます。
–์ (黙音符号)をつけないが読まない字
–์ (黙音符号)がなくても、読まない字があります。最初の(a)と(b)は復習です。blog020を参照。
(a) 一見、二重子音に見えても、第二子音字の ร を読まない
(例)
・เศร้า [sâu]「悲しい」
・สร้าง [sâaŋ]「建設する」
(b) 引字の อ と ห は読まない(あとの音節の声調が変わるだけ)
(例)
・อยาก [yàak]「~したい」
・หญิง [yĭŋ]「女」
それ以外にも、次のような例があります。
(c) 語尾の -ร 、語中の -ร- を読まない
おもに語尾の -ร が多いですが、上記(a)以外にも語中の -ร- を読まない単語があります。
(例)
・บัตร [bàt / バット]「カード」
・เพชร [phét / ペット]「ダイヤモンド」
・สามารถ [săa-mâat / サーマート]「~できる」
(d) 語尾の -ย を読まない
この場合は、-ย を半母音として、ไ-ย [-ai]と読むと考えることもできます。
(例)
・ไทย [thai]「タイ」
・ประชาธิปไตย [pràchaathípàtai]「民主主義」
(e) 語尾の -ิ -ุ を読まない
語尾が -ติ の語が多いようですが、-ตุ や -ธุ が語尾の語もありますし、他の子音字の例も少ないですがあるようです。通常は、母音符号を読まないだけなのですが、残った子音字を末子音として発音できない時には、子音字も含めて黙字にするようです。
(例)
・ชาฅิ [châat / チャート]「生まれ、国家、民族」
・ปฏิบัติ [pàthíbàt / ]「遂行する、実施する」
・เหตุ [hèet / ヘート]「原因、理由」
・พันธุ [phan / パン]「種族、種子」
これは子音字 ธ も含めて黙字にします。 ธ を末子音として発音できないからです。
พันธุกรรม [phan-thú-kam / パントゥカム]「遺伝」のように、文字通り発音することがあります。
・ภูมิใจ [phuum-cai / プームチャイ]「誇りに思う」
มิ の -ิ が黙字になる珍しいケースです。この語は、「土地、大地」という意味だと ภูมิ- [phuumí-] と読むことが多いようです。バンコクの空港 สุวรรณภูมิ [sùwannáphuum / スワンナプーム] は最後の มิ の -ิ が黙字になります。この語については、下の項目で詳しく説明しました。
(f) 語中の ห を読まない(ห は引字ではない)
おそらく次の語とその派生語しかないのでは、と思われます。
(例)
・พรหม [phrom]「ブラフマー、梵天」
・พราหมณ์ [phraam]「バラモン」
Suwannaphum か、Suwannabhumi か、はたまたSuvarnabhumi か
ご存じの方も多いと思いますが、2006年に開港したバンコクの空港の名称は、
สุวรรณภูมิ [sùwannáphuum / スワンナプーム]
空港です。この語は「黄金の土地」という意味で、昔からインドシナ半島のことを指す雅称でした。当時のラーマ9世王が命名されました。ちなみにそれまでの地名は
หนองงูเห่า [nɔ̆ɔŋŋuuhàu / ノーングーハウ]「コブラの沼地」
ちょっと薄気味悪い名前でした。
さて、สุวรรณภูมิ [sùwannáphuum] ですが、 มิ の -ิ が黙字になります。したがって発音は [-phuum] となります。[-phuumíʔ] ではありません。
ところがローマ字化するときに、元のスペルに従って、わざわざ読まない[-i] を書いて、Suwannabhumi と表記することがあります。(タイ文字の ภ は、パーリ・サンスクリット語の bh [バ行の有気音] に対応している。)そのため、日本語で「スワンナプーミ」「スワンナブーミ」という誤記を見受けます。
さらに言えば、空港の公式ホームページには Suvarnabhumi と表記されています。これは、より厳密にタイ文字のスペル通りにローマ字化したもので、2文字目の ว をv、3文字目と4文字目の ร をrに写した表記です。(なお、 -รร- は [-a-] と発音します。次回のblog023を参照。)これをそのまま日本語にしてしまい、「スバルナブミ」と書いてあることも……。これでは通じません。
このように、タイ語の人名や地名などをローマ字化する際、実際の発音ではなく、スペルを忠実に写すことの方が多いようです。ということは、タイ文字の知識がないと、ローマ字が読めないのか。タイ語恐るべし。
なぜ読まない字を表記するのか
タイ語はパーリ語・サンスクリット語から非常に多くの語を借用しています。(タイ語とパーリ・サンスクリット語との関係については、blog010を参照してください。)ところが、タイ語とパーリ・サンスクリット語とでは、子音・母音の発音、声調の有る無しなど、発音体系が大きく異なります。そこで、パーリ・サンスクリット語からタイ語に借用するとき、
(1)タイ語の発音体系に合わせて発音することにするか、あるいは
(2)語尾で発音できない部分は、思い切って省略してしまう
という戦略をとりました。
その一方、文字表記については、元々の発音や語源がわかるように、元の文字を残すことにしました。なぜ文字を残したのか、その謎に私見も交えて迫ってみたいと思います。
まず(1)の例をあげてみます。
・นคร [nákhɔɔn / ナコーン]「都市、みやこ」
-คร を [-ɔɔn] と発音する点についてはまだ説明していませんが、この単語はおなじみですね。
กรุงเทพมหานคร [kruŋthêep mahăa nákhɔɔn]「バンコク」
นครราชสีมา [nákhɔɔn râatchásĭimaa]「ナコーンラーチャシーマー、コラート」
など、県名・都市名にもたくさん使われています。
この語の語源は、パーリ語・サンスクリット語の nagara 「都市、大きな町」で、それを次のようにタイ文字に写しました。
n→น、g→ค、r→ร
(パーリ・サンスクリット語のどの文字をタイ語のどの文字に写すかは決められています。)
そして、これをタイ語の発音体系に合わせて [nákhɔɔn] と発音するわけです。
さて、このような語源をふまえて、少しズームアウトしてみましょう。タイの南で話されるマレー語の negara、タイの東隣、クメール語の ankhor と同じ語だと推測できませんか。ちなみに、カンボジアのアンコールワット(寺院の都市という意味)はタイ語では、นครวัด [nákhɔɔn wát / ナコーンワット] と言います。
タイ語をもう一歩追求したい方には、文字のスペルやそこから見える語源を知ると、さらに面白くなりますね。
次に(2)の例です。
・กษัตริย์ [kà-sàt / カサット]「国王」
語尾の ริย の発音を思い切って省略したものですが、文字に残っているおかげで、語源がサンスクリット語の kshatriya [クシャトリヤ] だとわかります。kshatriya は、世界史の授業で習いましたか。古代インドのヴァルナ(生まれによる身分制度)の4身分の一つで、戦士や王族が属していました。このように語源がわかると、容易に覚えられる単語もけっこうあります。
・วงศ์ [woŋ / ウォン]「一族、氏族」
この単語は語尾の ศ์ がないと、
วง [woŋ / ウォン]「円、輪」
と発音が同じになってしまいます。単音節言語のタイ語は同音異義語が多くなりますが、読まない字を残しておけば、書いたときに区別が容易になるという利点もありそうです。
また、先に紹介した例で言うと、สัตว์ [sàt] 「動物」も、最後の ว์ があるため、แพทย์ [phɛ̂ɛt]「医者」とくっついて熟語になるとき、สัตวแพทย์ [sàttàwáphɛ̂ɛt]「獣医」のように、 ว の発音が挟まることが容易にわかります。
以上の説明のとおり、読まない文字をあえて残し、元の語源や発音がわかれば、様々な利便性が増すわけです。たしかに、変則的な発音を覚えたり、何よりも読まない字の綴りを覚えるのはもっと難儀なことで、外国人ならずともタイ語ネイティブにとっても学習上のネックになっています。このあたりを簡素化、単純化してくれたら、タイ文字の学習はかなり楽になるはずです。それでも、今の表記方法にそれなりの利便性や合理性があることもおわかりになったでしょうか。
過去の関連記事
・タイ文字講座 STEP1 タイ文字のしくみ
・タイ文字講座 STEP2 子音字(1) ก ไก่ (コーカイ)
・タイ文字講座 STEP3 子音字(2) 発音編
・タイ文字講座 STEP4 母音符号
・タイ文字講座 STEP5 声調符号と声調
・タイ文字講座 STEP6 促音節と声調
・タイ文字講座 STEP7 子音字の連続(1) 二重子音
・タイ文字講座 STEP8 子音字の連続(2) 読まない字
・タイ文字講座 STEP9 子音字の連続(3) [-a] を入れて読む
今日のことわざ
เสี้ยมเขาควายให้ชนกัน
[sîam khăau khwaai hâi chon kan / シエム カーウ クワーイ ハイ チョン カン]
日本語訳:水牛の角をとがらせて闘牛をさせる
前回につづいて水牛を使ったいいまわしです。ควาย [khwaai] には「知恵の回らない大男」の他にも「怒りっぽい人」という意味もあるそうです。
そんな水牛の大きな角をとがらせて戦わせるということで、この言い回しは、けしかけてけんかさせるという意味に使います。
[ 参考文献 ] 冨田竹二郎『タイ日辞典 改訂版』養徳社/ 赤木 功監修・野津幸治他『タイ語読解力養成講座』めこん、1999年/ シリラック・シリマーチャン、大滝ミナ子『タイ語のことわざ・慣用句』めこん、2018年